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  • 2011-11-28 :
  • -

ブログを引っ越しました


この度、ブログを引っ越しました。

新・ブログ名http://blog.good2chance.net

これからも、よろしくお願いします。
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  • 2011-11-17 :
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福岡のちょい旅太宰府も行きます。番外初詣の作法など

さてここで、太宰府天満宮の建築様式について調べました。
太宰府天満宮は五間社流造だそうです。
五間社流造とは桁行(横に並んだ柱の間)が五間であれば、五間社流造というそうで、1間は約1.8182メートルに相当するので、五間は9.019メートルです。
ほかの流造は(1)一間社流造 桁行(横に並んだ柱の間)が一間であれば、一間社流造という。京都での代表例としては、宇治上神社本殿
(2)三間社流造 桁行(横に並んだ柱の間)が三間であれば、三間社流造という。
<下鴨神社東本殿、西本殿>
(3)両流造 流造は、平入りの正面にだけ、庇を延ばしたものだが、両流造は、後方にも庇を延ばした様式。<松尾大社>
(4)稲荷造 流造の類型。本殿の屋根が拝殿側に伸びているのが特徴。<伏見稲荷大社>

さらに他の様式 *神明造 伊勢神宮に代表される神明造は、出雲大社に代表される大社造と並び、もっとも古い神社建築様式とされる。
*八幡造(石清水八幡宮)本殿の内部が前後2室に分かれ、それぞれの上に屋根が乗っている。<石清水八幡宮>
*春日造 大原野神社のほか、吉田神社が春日造の代表的な建築。<大原野神社>
本殿は、奈良の春日大社と同様に、一間社春日造の社殿が4棟並立する。
*比翼春日造あるいは平野造 一間社春日造の社殿を4つ並べ、2殿ずつを合いの間で連結するという独特の様式で、「比翼春日造」とも、社名より「平野造」とも呼ばれる。<平野神社>
*懸造 急な斜面や段差のある場所に堂宇を建てる場合に、建物の前方部分は斜面に張り出して、床下の長い束(つか)で支えて床面を水平に揃える建築様式。<清水寺>
*祇園造 祇園造は祇園の八坂神社だけに見られる。別棟であった本殿と礼堂(現在の拝殿)を一つの屋根で覆ったもの。<八坂神社>
*権現造 本殿と拝殿の2棟を一体化し、間に「石の間(いしのま)」と呼ばれる一段低い建物を設けているのが特徴。<北野天満宮>

ここで正式な参拝の方法も身に付けましょう。
鳥居をくぐる際は「(身体を45度折り曲げる会釈)」するのが望ましい。このときには服装もきちんと整えるようにする。
次に手水舎にて手水を使い、手口を洗う。これは拍手と祝詞を行なう手口(さらには心)を清める意味合いを持つ、一つの禊である。手水の作法としては、まず柄杓を右手で持って水をすくい、その水を左手にかけて清める。
柄杓を左手に持ち替え、右手を洗い清める。
柄杓を再度右手に持ち替え、すくった水を左手に受けて溜め、この水で口をすすぐ。口をすすぐ際には口が直に柄杓に触れないようにする。
これらが終わった後、使った柄杓を洗い清めるが、このときは水を入れた柄杓を立て、柄に水を流すようにして洗う。柄杓を洗うのには次の人のための配慮という意味合いもある。
洗い終わった柄杓は元の位置に伏せて置き、最後に口と手を拭紙やハンカチなどでぬぐう。 これらの作法は一連の動作で行うのが好ましい。

拝礼の基本的な作法は「二拝二拍手一拝」である。すなわち、 拝(直立姿勢から身体を90度折り曲げる礼)を二度おこなう。
拍手を二度打つ。より具体的には、両手を胸の高さで揃えて合わせ、右手を下方向に少し(指の第一関節ほど)ずらし、その状態で両手を二度打ち合わせて音を出し、ずらした右手を再び揃えて祈念を込め、最後に両手を下ろす再度一拝する。
これであなたも初詣すると必ずいい事がありますよ。
  • 2011-11-16 :
  • -

福岡のちょい旅太宰府も行きます続きその2

今日は以前の記事にも書きましたが鬼すべと鬼夜そして曲水の宴です。

大松明(たいまつ)、木槌を持った鬼警固(鬼を守る側)、と大団扇(うちわ)、股木を振りかざした燻手(すべて))鬼を追う側)が続々鬼すべ堂へ参集する。
午後9時すぎ、境内鬼すべ堂前に積まれた生松葉や藁(わら)に忌火(いみび)がつけられると一瞬のうちに炎と煙が夜空を焦がす。
鬼を攻める燻手と鬼を守る鬼警固とが激しい攻防戦を繰り広げる。
燻手は、大団扇で必死にあおぎ猛煙を堂内へ送り込む。たまらず、鬼警固は、煙を避けようとテン棒で堂の壁を打ち破る。
「ドーン」「バリバリ」板壁の破れる音。「鬼じゃ、鬼じゃ」「ウォー」人々の歓声。「バチバチ」火の燃えさかる音。斎場内は、興奮のるつぼとなる。
荒縄でしばられた鬼は鬼係に囲まれて堂内を七回半、堂外を三回半まわる。堂内では神官が、堂外では氏子会長が一まわりごとに煎豆(いりまめ)を投げ卯杖でうち退治し、筑紫路の火の祭典「鬼すべ」は幕を閉じる。


sube_m1.jpg


一方太宰府から西鉄電車に乗り久留米方面に向かい大善寺と言う駅で降りると何と同じ1月7日に大善寺玉垂宮で鬼夜(おによ)と言う鬼すべ神事と似た火祭りが行われる。
鬼夜は、19時頃より「汐井汲み(しおいくみ)」から始まります。汐井汲みとは、大善寺玉垂宮前を流れる広川で、約20人が体を清め水を汲み神前に納める神事とのこと。そして松明(たいまつ)を掲げ社殿と広川を往復する「汐井かき」が行われます。
点火を待つ大松明。全長約13m、直径1mの大松明が計6本境内に置かれている。
点火前の21時30分頃には、露店を含む全ての照明が消灯されます。
6本全ての大松明に火が点けられました。盛大に燃え盛ります。たまに竹の破裂音と共に火の粉がパッと散るなど、近くではいつ火の粉が注ぐか分かりません。
大松明の鬼夜の火にあたれば(または火の粉を浴びると)、病にかからず難を逃れるご利益があるそうです。
大松明の炎の前では、赤鬼と青鬼登場する古式の魔払い神事がとり行われます。その間の照明はこの大松明の光のみ、この神聖な光の中で神事は進められます。
大松明が時間とともに燃えて短くなりますが、それとともに縄を解く作業に若衆が大松明に登ります。また大松明が短くなるにつれ、支柱位置も移動させねばならず、かしの木の棒(かり又と呼ぶそう)で多くの若衆が大松明を支え、その間に支柱を動かす勇壮な姿が見られます。
神事が終了すると、大松明が神殿を時計周りに移動、大松明の移動は神殿を数回周りこの大松明が燃え尽くされるまで続くとのこと。

毎年3月の第一日曜日に開催される「曲水の宴」。平安時代の宮中の遊びを再現したもので、蛇行した水路に杯を浮かべ、流れてくる盃が自分の前を通りすぎないうちに詩歌をつくり、盃を戴く平安時代の宮中行事を再現した祭事です。
太宰府の曲水の宴は天徳2年(958)3月3日に大宰大弐・小野好古がはじめたと、太宰府天満宮に伝わる『安楽寺草創日記』に書かれているようです。


kyokusui03.jpg


当日は1000名くらいまでが近くで見る事が出来るようになってまして、
この祭事も凄く人気があるようでこの時期に観光で来て偶然見たと言う方はとてもラッキーです。十二単も綺麗でそれをミス太宰府が着ると華麗です。
  • 2011-11-14 :
  • -

福岡のちょい旅太宰府も行きます続きその1

福岡のちょい旅太宰府続き
前回は太宰府天満宮には牛の像と鷽の像が置かれて
いる事について記事にしました。
太宰府天満宮ですまず最初に牛の像がお迎えする訳
ですが、この像を過ぎるといわゆる心字池がありこの
池に架かる橋は、太鼓橋・平橋・太鼓橋の三橋があります。
過去・現在・未来を表しているとも言われます。
実はこの太鼓橋は都市伝説らしきものがあります。
それは恋人同士で太鼓橋を渡ると別れると言う物です。
夫婦だと離婚するのかとかそのあたりは不明です。
その為これはまずいと迂回して横に道があるので、道沿
いに行くと両脇に茶店(休憩所)が並んでいると言う
仕掛けになってます。

まだ20代の頃に聞いた訳だから今にしてみればなる程と
思うものです。
もっともこのあたりの茶店からは菖蒲池を眺めることが
出来ます。
毎年5月下旬~6月中旬頃が見ごろとなります。夜間の
ライトアップがされ、約40種、3万本もの華麗な菖蒲の花が
美しく咲き乱れます。
池には「誰ヶ袖」「稚児化粧・紅椿」「水天一色」「碧涛」
「桃祭」「秋の錦」「稚児化粧」などの各種菖蒲が霧雨に
けむる風情は必見です。

さて、特に問題のないと思う人はそのまま橋を渡りながら
鯉に餌を投げると鯉がわ―っと群がり大変な状態になります。
橋を渡りきるといよいよ太宰府天満宮の入り口です。
登竜門と言う言葉がありますが、本殿は、きわめて雄大な
桃山時代の建造物で、欄間には緋鯉に乗る文人の彫り物が
なされています。これは良く見ないと分かりませんよ。
何回も行ってる私も気が付かなかったです。


img968bf0bezik8zj.jpeg

日光東照宮で見学した「見ざる 言わざる 聞かざる」の三猿
や眠り猫、眠り猫の裏面にいる雀たち等の彫り物と見劣りし
ないです。
  • 2011-11-01 :
  • -

福岡のちょい旅太宰府も行きます

福岡を観光するなら忘れちゃならない。お隣に行きます。
正月になると俄然人気を集めるそうあの太宰府天満宮です。
西鉄電車に福岡駅から乗車11番目の駅二日市駅で太宰府
方面に乗り換え2駅目が太宰府です。
いっも疑問に思ってしまうのですが、太宰府と大宰府の違いです。
調べてみると古代の役所関連は「大宰府」に、場所を示す場合は
「太宰府」に区別統一することになったようです。一安心です。
まず近隣にあるお寺からです。光明禅寺は鎌倉中期鉄牛円心和尚が創建した臨済宗東福寺派に属する禅寺です。
枯山水の庭がある九州でただひとつの石庭苔寺で、紅葉の美しさでも有名です。ここでひたすら紅葉を眺め、石庭を愛でていると世俗の垢が洗い流されます。

観世音寺は天智天皇が、筑紫で崩御なされた御生母・斉明天皇の御冥福を祈るため創建されました。
完成したのは天平18年(746)、聖武天皇の時代です。日本最古の梵鐘があることで知られ、 20体余の仏像とともに、国宝または重要文化財に指定されています。
ここではひたすら仏像を眺めることに。

戒壇院は天平宝字5年(761)、聖武天皇の勅願によって創建されました。
奈良東大寺、下野薬師寺とともに、日本三戒壇のひとつで、西戒壇といわれています。唐僧鑑真が帰化後、ここで初めて授戒を行いました。

さて、3つ回りましたので、お腹が空きました。太宰府天満宮に向かう参道には何軒ものお店が軒を連ねてます。
やはりここでの名物は梅ヶ枝餅です小豆餡を薄い餅の生地でくるみ、梅の刻印が入った鉄板で焼く焼餅である。
出来たてを食べるとちょうど良い餡の甘さが体の隅々まで伝わり幸せです。
あるお店に庭園が見える店があり、ここは自分だけの穴場です。
名前は小野筑紫堂です。意外と空いててほんわかになれます。
太宰府天満宮には神牛の置物やブロンズ像がいくつかあります。
太宰府天満宮と牛にはどんな関係があるのかと申しますと、道真公が時、お亡骸を乗せた牛車が都府楼の北東(うしとら)
の方向へ向かって進んでいたところ、まもなくその牛が動かなくなりました。牛車の止まったところ、当時の四堂のほとりに
御遺骸を葬ったそうです。


usi1-yoko.jpg

麒麟(きりん)の像と鷽(うそ)像 (県指定文化財)(現地説明板より)もあります。麒麟は中国の瑞獣(ずいじゅう)思想上の動物で、聖人が現れて王道が行なわれる時に出現すると伝えられ、菅公御聖徳をたたえたものといえる。

IMG_6492.jpg

鷽は、一月七日、一年中の嘘を天神様の誠心と取り替えていただく鷽替(うそかえ)神事縁(ゆかり)の鳥で、幸運を運ぶ天満宮の守り鳥でもある。
鷽は嘘に通じることから、前年にあった災厄・凶事などを嘘とし、本年は吉となることを祈念して行われる。
同じく一月七日鬼すべ神事 一瞬のうちに炎と煙が夜空を焦がし、高々と上った火炎が鬼すべ堂を包む。堂内にたてこもる鬼を燻り出す燻手(すべて)と鬼を守る鬼警固との攻防戦 日本三大火祭り。

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